2007年のあゆみ

12月16日
窯開きに参加しました。近所のU君が10月から作成に取り組んでいた調理窯がやっとのことで出来上がり、いろんなものを焼いてみようという趣旨の会があったので参加しました。今回のメインはピザです。ヒゲのMさんが生地から練り上げ、トマト、ハム、タマネギなどを盛った手作りのもので生地には牛乳ベースもあるということでしたが、違いはよく分かりませんでした。出来栄えは上上で、その他の野菜やイモ、手羽なども思ったよりも良く焼けることが確認できました。そしてまた、ピザには意外にも唐辛子味噌があうことも確認でき、反省会では調理についての独善的な意見も飛び交い、味覚のレベルの幅広さを実感した次第です。
 

12月6日
ゆずの収穫作業が完了しました。今年はそこそこ豊作で半分ほどは青玉で一度出荷し、のこり半分の収穫でしたがそれでも2トン強もあり、選別にも時間がかかり、腰から背中が重だるくなります。幸いなことに、穏やかな日々が多かったため、凍える思いは少なくてすみました。これから施肥と剪定をじっくりと春までにやっていきます。剪定ができている木は玉もきれいで収穫も早く済みます。しばらくはゆず湯で大名気分を楽しむことにします。

11月25日
そば打ちをマスターし人生に幅を持たせたいという強い希望を持つ近所の有志が集い、そば打ちを楽しむ会を催しました。この企画はちょっと前から話が出ていた素人によるそば打ちイベントですがなんとか年内に実施の運びとなりました。いろいろな本を読み漁り、1人前ずつ打てばほぼ確実にそばになるとの情報を信じて、とにかくやってみることになりました。
午前10時、幼稚園跡の工房に集合した精鋭5名。事前の研究で自分なりの簡便法をイメージしており、さっそく調理開始。配合は調理しやすい二八そばで統一。そば粉80g中力粉20gと水47cc。これで1人前。簡易水回し棒派とナイロン袋振り振り派に分かれて水回しスタート。確信のもてない中、とにかく本に書いてある通りにしてみるとなんとなく形になっていきました。量が少ない分、のし棒で延ばす過程も楽々通過。さくさくと切って茹で、余裕のよっちゃんで12時過ぎには全員でいただきますの合唱。今回は麺を作るところまでに限定しザルそばで食べるという趣向で、そばツユはメンバーSさんのお母さんの自信作を持ち込んでもらったのでまったくの楽勝。男性陣には少し足りない分量かなとの危惧もそば湯のガブ飲みで満腹状態。段取り、時間配分など今後の改善テーマなどを発見しメンバー全員すっかり自信をつけました。これでいつでもマイそば打ちが楽しめます。一緒に楽しみたい方は連絡ください。

11月18日
今年で18回目になる集落の運動会がありました。天気はあいにくの曇天で少し肌寒い中で開会が宣言され競技が始まりました。プログラムが進むにつれて競技に熱が入り、アルコールもちょうどよい具合に作用し、寒さをわすれての熱戦が繰り広げられました。今回注目されたのは綱引きです。連戦連勝の白組に対し、新戦力を増強した青組みが挑戦し、みごと青組みが勝ちを収めました。総合では準優勝の赤組に2点差をつけ、昨年に引き続き白組が優勝しました。昼食後のビンゴやゲートボールなどでは盛りだくさんの景品が配られ、うれしそうに大きな荷物を持ち帰る姿が見られました。公民館に場所を移して行われた懇親会では調理したばかりの獅子島直送のブリの刺身が供され、さっさと皆んなの胃袋に収まっていきました。
 

 

11月15日
今季の狩猟期間が始まりました。朝から軽トラに愛犬を乗せたハンターが走り回っています。昨季は初体験で小型のイノシシを1頭捕獲しましたが、今季は1年間の経験を積んだこともあり、目標を2頭捕獲とします。ただ作物被害については昨年ほどは発生がないようなので厳しい目標ですかね。

11月11日
校区内の集落対抗駅伝大会がありました。選手枠が年齢層などで細かく区分されているため今回は基準に達せずオープン参加の扱いになりましたが、人数不足の中なんとか10名の選手を確保して1週間前から夜間に練習を行い本番に備えました。過去の輝かしい歴史を背負っているだけに監督さんも選手の意気向上に躍起です。競技当日は朝方の冷え込みもあり、まずまずの駅伝日和となり多くの声援を受けながらの力走で無事にゴールしました。会場の小学校ではバザーも同時に開催されており、完走後の暖かいうどんを味わっていました。引き続き公民館で反省会を行い来期の戦略を練っていました。

11月3日
吉田のタニさん夫妻、入来のヨネちゃん家族の参加でユズを主体とした加工体験の交流会をしました。朝9時に集合し、まずはユズの収穫。なるべく青みのあるユズを15キロほど準備して工房へ移動。皮むき、果汁絞り、ユズコショウ作りと進み、昼食ブレイク。ハバネロを加えてかなりの辛口味にも挑戦。なかなかの出来映えと自賛しきり。ゆずみそ作り、ハラペーニョのピクルス作りのあと一味作りで予定はすべて終了。自宅にもどっての意見交換会ではお湯割りが進むにつれ、自作の辛味作品に酔い顔から汗が噴き出す快感に酔い、全員が激辛症候群の様相を呈してきました。それにしても「げきから」唐辛子の一味はかなりの辛さです。
 

 

 

翌日はちょっと布計小学校跡まで足を延ばし、映画のロケ跡を見てきました。
 

10月28日
生協とJA相互の会員による稲刈り交流会に参加しました。絶好の秋晴れのもと生協会員18家族45名、生産農家20家族35名、スタッフを加えて総勢100名によるイベントです。稲刈りのあと、昔ながらの道具を使っての脱穀体験は子供達にとって大人気です。十分に働いた後は婦人部お手製のトン汁とおにぎりで昼食会。クイズやトウガンの重さ当てゲーム、バケツ苗の育成結果の表彰など和やかな雰囲気の中で交流会はお開きとなりました。このような活動を通じて地元の横のつながりも少しずつ広がっていきます。
 

 

    

10月24日
穏やかな秋の一日、暦の上では霜降の今日は柿酢の仕込みをしました。甘い渋いを問わず色づいた柿をヘタのついたまま容器に入れて蓋をしてじっくり寝かせるというやり方です。このくらいあればユズや柿の防除にも使えると思います。
夜は見事な月(十四夜?)が上がりました。近くの山並みと稲刈りの終わった田んぼを幻想画のように照らし出し、夜風がキンモクセイの甘い香りを運び、小一時間ほどグラスを片手に別世界を堪能しました。

10月18日
実家の稲刈りは終わりました。暑かった秋に季節を勘違いした花桃がポツポツ咲いています。キンモクセイの香りもほのかに漂っています。
 

10月13日
やっと村にも秋が来ました。朝夕が肌寒くなり、米の収穫があちこちで盛んに行われています。いい季節ですね、お湯割りが旨いです。
ミツバチも元気を取り戻しています。オオスズメバチの襲撃は無くなり、代わってキイロスズメバチがちょくちょく顔を見せますが、ミツバチの反撃もあり大した被害はありません。また、面白い発見。コガタスズメバチでしょうか、クモの巣にかかったミツバチを吟味し、まだ食えそうにものをはずして持ち去っていきます。それと秘密兵器のネズミ捕りにハエがかなり付いています。スズメバチの死体が発する臭気に引き寄せられたのでしょう。そしてそれを狙ったカマキリも犠牲になっていました。
指定管理者体制への移行のため、しばらく休館していた夢さくら館がリニューアルオープンしました。以前と比べて民営の工夫があちこちに見られます。当面、土日はイベントを開催し、8:30〜17:30の営業で生鮮野菜や果物などの朝市も同時開催で月曜定休。また、食堂も再開されました。かけそば、おにぎり2個、つけものがついたそば定食、汁が少なめですが味はバッチリ。うどん定食と同じ450円でイベント以外の日は11:00〜14:00営業。

10月3日
引き続きオオスズメバチの襲撃の様子をお知らせします。早朝、スズメバチトラップをセットしました。そして気温が上がってきた10時頃から2〜3匹で数回の攻撃がありました。今回は落ち着いて確実な駆除を心がけ、そして10匹を退治しました。途中、秘密兵器の物色に出かけましたが、留守の間の攻撃はなかったようです。午後から見回ったところ秘密兵器のネズミ捕りに囮の2匹のほかにもう1匹がハリついて犠牲になっていました。その後はミツバチの落ち着いた様子からはスズメバチの襲撃はなかったもようです。さあ、これで一件落着となるのでしょうか?
 

10月2日
とうとうオオスズメバチの襲撃を体験、それはまるで悪魔の襲来です。これまでオニヤンマやキイロスズメバチの単体攻撃という洗礼を受けていましたが、オオスズメバチの攻撃に比べるとまったくレベルが違います。無視してもいいレベルです。なにしろ彼女ら?はチャンスとみれば集団で来ますから。
夕方、ミツバチの見回りに行くと大型のハチの軍団が巣門のあたりを占拠しており、ガリガリと巣門の板をカジって入り口を拡げようとしている最中でした。すぐさま家に駆け戻り、顔面保護の防虫網付き帽子と虫網とラジオペンチを手にとって返し、オオスズメバチとの対戦を開始しました。すでに巣門に20匹ほど降り立っているところを一匹ずつ誘って飛び立たせ、虫網で捕獲して網の上からラジオペンチで頭部を潰して駆除するというやり方です。すでに巣箱の内部にまでスズメバチが侵入している場合、スズメバチはこの巣箱を自分の巣と認識し、人間を攻撃するということです。幸いなことに9月に入ってからスズメバチへの対策を講じ、入り口を狭めておいたので、まだ侵入はできておらず積極的な反撃はありませんでしたが、初めてのことなのでスズメバチの威嚇攻撃を避けようとユズの枝の中に後退して背中にキズを負ってしまいました。30分ほどの格闘の末、13匹のオオスズメバチを駆除しました。そのあと1時間ほどの待機のなかで4匹の駆除を行い、とりあえず日没休戦となりました。明日もかならず攻撃があると思います。当面、考えられるすべてのオオスズメバチ対策を施して何とかこの難局を乗りこえたいと思います。しばらくユズの出荷作業は見合わせざるを得ません。

9月30日
稲刈りもボツボツ始まり、小学校の運動会が開催されるなど晴天に恵まれた9月最後の日曜日、市内の十曽にある「椿の森」に行ってきました。ここは獣医のTさん夫妻が自宅の周囲に広がる5千平米の森に60年かけて増やし、育ててきた1500本のツバキを中心にモミジや数多くの植物を見事に庭園や散策路に調和させて配置してあります。秋咲きのツバキもチラホラ花をつけ始めています。ものすごくキレイなHP(隠郷さつま大口)で中身は確認してください。感動ものの1日でした。
 

 

9月26日
30年来の朋友が夫婦で我が庵を訪問してくれました。まだまだ現役でありながら贅沢にも1週間の休暇をとって愛車アウディにて富山を22日出発し松山泊、大分・阿蘇経由で23日夕方のまだ明るいうちに無事に薩摩へのお国入り。たまたま実家に帰省していた兄まで参加して客人持ち込みのマイクカラオケで大盛り上がり。久々の痛飲で翌日はダウンモードで昼食はパス。体調が回復した午後から近辺の観光地めぐりということで曽木の滝へ。初めて発電所跡も見学してきました。
 

 

体力がすっかり回復した25日は一路南薩へ。池田湖畔を通って唐船峡でソーメン流しを楽しんだあと開聞山麓を抜けて長崎鼻の眺望を満喫。地元出身の友人の勧めるヘルシーランドがあいにく休日だったため、すぐとなりの露天風呂で眼下に広がる錦江湾を眺めながらぜいたくな時間を過ごしました。海でも山でもとにかく温泉があると違いますね。うちの村にもぜひ欲しい とそんな想いを抱きながら帰途に着きました。
 

 

帰ったその夜の十五夜行事に顔を出したところ、富山の朋友が隣のタケちゃんと意気投合。わが庵にてにわかにタケちゃんによる鹿児島弁の講習会が始まりました。まず第一のワードは ”てげてげ”。きちんと場面による使い分けを交えての講義に夫妻もおもわず納得。第二のワードは ”きんごきんご”。これはそんなに難しくはなさそう。第三のワードは ”まんぼ”。急にダンスの話など始めるのでどうしたのかと思っていたら話の導線でした。”マンボ! ウー!”また、講義の最中、タケちゃんが自分のことを”ボク”といい始めるので具合が悪いのかと思ったら、会話の相手によって使い分けるのは当然とのこと。いやー、大した役者です。見直しました。

26日早朝、夫妻は長崎に向けて出発しました。27日の山口泊を経て無事富山に帰り着いたようです。お疲れ様でした。次回(3回目)の薩摩の旅は現役を退いた頃でしょうか。農業体験を主体に計画したいと思います。 

9月25日
子ども会による十五夜の行事が公民館でありました。あいにくの曇り空で時おり満月が顔を出すなか子供達は元気はつらつ、全員集合。まずは豚汁で元気をつけてからの相撲大会、もちろん女の子も参加して全員賞品をゲットしました。いっぽうの保護者チームは最初から土俵の脇で懇親会を始めていましたが、突然訪問された小学校の校長先生や担任の先生との教育談義?に盛り上がっていました。
  

9月21日
また巣門の前にキイロスズメバチの死骸がありました。ミツバチの死骸を抱きかかえたままです。犠牲になったのは4匹。よく見ると体がかなり小さいので、生まれてあまり日が経っていない若蜂のようです。門番としての使命に燃え血気盛んに突撃したのでしょう。

9月18日
ゆず畑にも彼岸花が咲き始め、通りがかりのチョウチョが寄っていきました。


大口市の特産品販売処である夢さくら館が閉店しました。管理運営を指定管理者に委託するもので、1ケ月ほどの準備期間をおいてリニューアルオープンの予定です。今後の運営については基本的に土日のイベントを主体とし、駐車場でのフリーマーケットよろしく生産者(出品者)が売り子を行うスタイルになるようです。これを機会に対面販売のコツも習得しないと。

9月17日
台風11号の影響でここ何日か天気がグズついており、おかげでユズも一回り大きくなったように思います。
最近の見回り時に多数の門番バチが一定方向に波をうつような動きをするシマリングという行動をとっていたので、スズメバチが来ているのだろうとおもっていたら、案の定キイロスズメバチが巣に近づきホバリングしながらミツバチを捕獲している場面に遭遇しました。網で捕獲して退治したりもしたのですが、今日はキイロスズメバチとミツバチの死骸が巣門の前にありました。おそらくミツバチによる熱殺作戦が行われたのだろうと思います。あまり頻繁にスズメバチの攻撃にさらされるとミツバチが逃去してしまう場合もあるらしいので、見回り回数を増やすことにします。
 

9月9日
白露もすぎ、吹く風がすっかり秋色になりました。モズがけたたましい鳴き声を発しました。
実りの季節に向けて風景がどんどん変わっていきます。ふと気づくとハバネロの実が色づいていました。

9月2日
夏を締めくくる合宿に行ってきました。猛暑の鹿児島とはうって変わっての涼しい3泊4日でした。
初日はpre合宿ということで江ノ島をバックに慣らし運転をし、景気をつけて本合宿に乗り込みます。
今ではもう若くはない総勢20数名程の異常とも言える集団による九十九里浜を舞台にした一大行事。初めて参加したのは30年ほど前ですが、すっかり中毒にかかり止めることができないままです。合宿期間中はもちろん、帰宅後も筋肉痛でガダガタですが、心身の健康度(不健康度?)の目安にはなるのではと当面は続きそうです。

8月25日
草刈の邪魔になるのでトウガラシのコンテナを移動したところ、コンテナの下にはコオロギが集っていました。だいぶ大きくなっており、そろそろ出番だよという感じです。処暑もすぎ、朝夕はかなり秋めいてきたように感じます。朝と夕方はツクツクボーシやヒグラシ、夜になるとズズムシなどの秋の虫の音が聞こえます。ユズも大きくなってきました。柿もそこそこ実をつけています。ミツバチも盛んに花粉を運び込んでおり、子育てに余念がない様子。最近、オスバチを全く見かけなくなりました。分蜂から3カ月以上たつので寿命がきたものと思われます。

伊佐地区産業活性化協議会のホームページが立ち上がりました。地域の紹介など良くできた内容だと思います。掲示板を用意してあるので、情報交換などが簡単にできそうです。あとはドンドンPRするだけです。なお、トップページの写真の「田舎暮らし・・・」の田の文字の下に白く輝く屋根が見えますが、これは私の自宅です。

8月12日
子供会による夏のイベント「マスつかみ大会」がありました。近くの小川にマスを放流し、子供達が素手で捕まえ歓声を上げています。時折小雨がパラつくなか60人ほどの参加者でしょうか、子供に混じって保護者も真剣に取り組んでいます。せっかくのイベントなのに集落の人数だけでは少ないため近隣からの助っ人を頼んであるそうです。このあと獲物は調理され、午後からのバーベキューに供されるということです。
  

8月5日
校区の球技大会があり、ソフトボールチームの応援に行きました。結果は残念ながら初戦で敗退し、公民館での懇親会は暑いなかでの焼肉となりました。公民会役員の奥さんが汗だくになって肉と野菜を焼いてくれました。会場は煙が充満し、さながら我慢大会の様相です。炭火焼きとビールで十分に腹を満たし、早くも来期のチーム作りに議論が盛り上がっていました。

7月30日
梅雨明けから12日が経過しましたが、雨がまったく降らずガンガンの日照りで土地が乾いています。午前中に少し庭の草取りをしてトウガラシに潅水する以外は外の仕事は中断しています。午後になると木陰にあるハチの巣箱の前で涼んだりしています。ハチは盛んに活動しています。そこへいきなりオニヤンマが出現し、ハチをとらえて食べました。かなり素早い動きでハチよりもはるかに早く飛べるんですね。考えてみるとミツバチの天敵は多いです。スズメバチ、クモ、ムカデ、トカゲ、ヒヨドリ それにしてもトンボまで天敵とは。ハチが次々と巣箱から飛び立つ姿はひじょうに頼もしいのですが、一歩外にでると7人の敵がいるのはどこの世界にもあることなのですね。無事に帰れと祈るばかりです。

7月22日
狩猟免許取得から3年が経過し、更新のための講習会がありました。会場は100名程度の参加者で満杯の状況でした。ずいぶんな数だと思いましたがこれでもかなり減少しており鹿児島県の有資格者はピーク時の3分の1の5000人程度とのこと。この分野でも高齢化は着実に進んでおり、農耕中心のこの地方にとって害獣から農地や農作物を守る手段である狩猟の人口がこのまま減り続けると地域社会が成り立っていかなくなる恐れがあり、喫緊の問題して後継者を確保して欲しいとの要望が猟友会の役員よりありました。また、動物保護団体よりの各種規制要望に対し、自らの手で自らの生活を守らなければならない地域の意見は相反するものだらけという現実。かなり重症の日本の現実がひとつ見えてきました。

7月18日
とうとう九州南部の梅雨が明けました。これから暑い日が続くだけだというのになぜか梅雨明けというのは心待ちにしているんですね。
大豆のスプラウトに挑戦しています。100gの大豆を半日水に浸してザルに取り上げ、日に何回か水洗いして3日目に発芽した根が1センチほどになった頃塩茹でにします。発芽して成長しようとする栄養が一番詰まった状態で重さも200gになっており、枝豆としてビールのつまみにピッタリ。これからの季節にお薦めの一品です。

7月17日
今回の台風は何とか被害もなくやりすごしましたが課題が残りました。どうも巣箱の仕組みが悪いので底蓋を作ることにしました。まず、丸鋸とドリルドライバーの使い方のポイントを知り合いの大工さんに教えてもらってから購入、ネットで探しておいた巣箱の図面を参考に在庫の板のサイズで設計し直して作成にとりかかりました。いやー、板の切断が簡単で早いこと、ネジが気持ちよく正確に装着されやり直しも簡単なこと。記念すべき第一作目は90分ほどで完成。うまく巣箱と合体しました。底板は引き出せるので掃除が楽です。かなり気を良くしています。やっと「知的DIYの技術」の入り口に立ちました。これからは観察窓や通風穴などを備えた巣箱などいろいろ工夫を凝らしたモノ作りをしたいと思います。

7月13日
ヤバイです。どうも台風が直撃しそうです。作物は避難のしようがないので倒れたら後始末するしかないなと思っていますが、せっかくゲットした虎の子のミツバチは何とか保護したいと対策を施してみました。まず土台の土管にロープでくくりつけ、さらに左側のイチョウと右側のユズに命綱を渡してみました。石垣の下なのでまともには風は当たらないとはおもいますが、5段の重箱なので横からの風圧には弱そうです。
台風の接近で雨風まじりの天気ながらミツバチ達は午後の活発な採密活動に飛び出していきます。
 

7月12日
今年初めての収穫、それはトウガラシでした。4月中旬にポットに取り上げたゲキカラ種で500gほど。さっそくピクルスに調理開始。ヘタをとって切り込みを入れ、塩と酢で煮込みます。ニンジンとタマネギも加え、40分ほどで完了。広口ビンにつめて冷蔵庫で寝かせます。1週間ほどかかるのでちょうど梅雨明けの頃仕上がります。食べ方としてはまず口の奥の火事を味わい、顔から汗が噴き出します。そこで一気にビールで熱さもろとも流し込みます。夏バテを防いで発汗を楽しむ夏の一品です。調理方法はこちら

7月1日
7月の声を聞いた途端に例の声が聞こえてきました。そうです。あのウダるようなニイニイゼミの鳴き声です。梅雨がまだ空けやらぬ湿った空気を物憂げ?に変えてしまうあの響きです。そうか、もう少しで夏に突入かなと季節を確認させてくれる効果があります。
ミツバチの動きにも変化がありました。巣箱の外側にウロウロする働きバチが増えたので巣箱の中を点検する内検というものをしたところ3段の巣箱の3段目まで蜂があふれていました。ちなみに1段の高さは15センチ程度。また、午前中は全く姿を見せない雄バチが夕方近くなると盛んに出入りをします。どうもこのままでは巣箱の領域が狭すぎる環境になっており、しかも、巣箱の中は高温にさらされているものと思われたので、急遽巣箱の増設をすることにしました。ネット情報によると今年の中山間地域においては1ケ月で巣板が15センチも伸びるということなので、この巣でも巣板はすでに30センチはあると考え、さらに2段の巣箱を増設しました。高さは75センチ程度になりました。巣箱の外でウロウロする姿はかなり減り、ミツバチにも安心した感じが見えます。これでまたしばらく様子を見ることにしましょう。左はゲットした時(5/2)のセットの様子。右は本日の巣箱の中の様子ですが、蜂が多すぎて巣板が見えません。
  

6月30日
生協とJAが提携して開催する親子田植え教室にJAの生産者として参加しました。心配された天気は昨日までの雨がちょうど中休みしてくれて、朝からイベンナト終了まではなんとかもってくれました。今回で13回目になるというイベント会場は農業公社の研修時にお世話になった井立田さんの田んぼです。加治木からこられた有薗さん家族が私達の受け持ちとなり、田植えから昼食まで交流をさせていただきました。手植えをするのは30数年ぶりです。はだしの感覚もかなり懐かしいものでした。明日から自分の田んぼの植え継ぎをしてみます。
  

6月26日
ユズ畑に害虫発見。そうです、カミキリムシが押しかける時期になりました。この虫は幹に穴をあけてもぐりこむので最悪の場合ユズの木が折れてしまいます。さっそく虫網と火箸を手に1時間ほど見回ってみたところ12匹を駆除しました。またスズメバチも油断がなりません。今のところはユズの木に巣を作る兆候はありませんでした。この虫取り作業はこれからの日課になります。

6月23日
はっきりしない天気が続くなか田植えが終わりました。県の農政は南九州の気候条件から6月20日頃が田植えの適期と例年指導しています。懸念された水不足ですがかなり確保できたと思います。
先週種まきして発芽した野菜の苗がナメクジの被害にあっています。カタツムリも大量に発生していてコンクリート床に直置きしたポットは駄目ですね。置き台を工夫してやり直します。
ツバメの姿が突然見えなくなりました。巣を点検したところモヌケノ殻。数日前には卵の殻が落ちていて孵化の兆しがあったのですが、二回目の育児は失敗したようです。残念。

6月15日
新月の今日は雨の中、ポットへの種まきをしました。雨は3日目ですこしは当面の水不足は解消されそうです。あちこちでトラクターによる田植え準備が見られ、ラストスパートの様相を呈しています。あと3日ほどは雨天が続くようです。ラニーニャの影響で今年の夏は暑く、梅雨も短いとの予報がでています。渇水が想定されるので今年の野菜の植え付けは少なめに計画しています。

6月10日
梅雨入りして以来1週間ほど雨が降りません。南九州は空梅雨でしょうか水不足です。谷川の水量もかなり少なくなり、池への注水が滞っています。田植えにも影響しそうです。雨の予報があるまで野菜の植え付けを延期しています。この晴天続きを喜んでいるのはミツバチでしょう。毎日元気に活動しています。盛んに花粉を運び込んで巣作りに励んでいるものと思われます。10数匹の扇風機部隊も現れ、巣の中へ風を送り込んでいます。1メートルくらいのところから観察しているので時々ぶつかってきますが流れるように巣に帰還する様子には感心します。出動の際にすっころんで起き上がる様子はコミカルです。帰還兵をチェックする門番バチは数が少なくてとても間に合いません。見てて飽きることのないミツバチ達の営みです。

6月1日
南九州地方も梅雨入りしました。平年より3日、昨年より6日遅いそうです。梅雨明けは平年が7月13日、昨年は7月25日です。近所では田植えの準備が急ピッチで進んでいます。
ユズの芽欠きもほぼ終わりました。晴れ間を待って野菜の植え付けをしようと思います。
ツバメが巣にコモルようになりました。二回目の抱卵に取りかかったようです。

5月23日
ツバメが巣立っていきました。朝早くから賑やかな鳴き声がしており、巣には1羽しか残っていません。しばらくすると全員が電線に止まってなにやらはしゃいでいる様子。お昼ころには空高く飛び回ってどこかへ行ってしまいました。前日は2羽が外に出ていたのに夕方には舞い戻ってきていましたが、今度は親鳥が何回か古巣を確認に来ただけでした。ヒナがいるとフンの始末でうるさいのですが、急にいなくなると何か足りないような気がするものですね。
ユズの花も盛りをすぎ、ブンブンと大騒ぎしていた虫たちもかなり少なくなってきました。花びらが落とされた後に小さな実が見えます。これから太陽の光を十分浴びて日に日に大きくなっていくことでしょう。
ホタルの初舞を確認しました。5匹ほどでしょうか。さつま町のホタル船は1週間ほど前からやっているようですが、ここらは昨年より10日ほど遅いようです。さて、今年はホタルとビールの夕べ などを考えてみますか。

5月21日
ツバメの巣立ちも間近と思われます。親が早く飛び出せとばかりに盛んに誘っています。それに巣がかなり窮屈になってきているようでもあり、フンをするため体の向きを変えるのもかなり大変そうです。親がすぐ近くに待機していて落としたフンを地面スレスレで見事にキャッチする場面もあります。外敵から身を護るために極力フンを巣の下に落とさないようにしているのでしょう。今回は青大将の接近が3回ありました。鋭い鳴き声を発しながら異常な飛び方をします。ヘビを遠ざけてやったことを評価しているのかすぐそばに近づいても逃げなくなりました。

5月15日
ユズの花が咲き誇っています。昨年よりかなり多いように思います。ブンブンと多くの虫が飛び回っていますが、ほとんどがミツバチより二回りほど大きいハナバチです。それからコガネムシらしきもの、そしてアオスジアゲハ、ミツバチはすぐ側に巣箱があるのに全く見かけません。ミツバチの巣の前で待機しているとドンドン出かけてドンドン帰ってきます。かえって来るのは脚に黄色の花粉をつけたもの、すこし赤っぽい花粉をつけたもの、特に変化のない働きバチはミツをもって帰っているのだろうと思います。たまにギンバエのようにうるさい羽音をたてているのはオスバチです。ミツバチにとってはユズの花よりも好きな花が別にあるか、それとも虫の絶対数からして一箱程度のミツバチでは200本ものユズの木の何本かをみた程度では確認できないのかも知れません。いずれにしても今年はユズの収穫がすこし増えそうです。
ツバメのヒナがかなり大きくなりました。昨年は2匹だけでしたが、今年は5匹のヒナが大きな口を開けて待っています。餌を与えた後、向こう向きにさせてフンをさせ、親鳥がくわえて捨てにいきますが、数が多いせいか親がいないときにも自分でフンをするので巣の下はフン対策のビニールを敷いています。巣立ちも早そうです。このぶんだと2回目の子育てもあるのではないかと思います。

5月2日
とうとうミツバチが巣箱に入りました。数日前から偵察バチが頻繁にきていたのですが、天気がスッキリとしない日が続いていました。今朝は時々曇りで風もあったのですが、巣箱の見回りをしていて11時15分にやけにブンブン音がするので近づいてみるとあたり一面ハチが乱舞しています。15分ほどで巣箱に落ち着いたようです。1年半ぶりにミツバチが家族に復帰しました。ハチの様子は見ていて飽きることがないですね。今回はミツバチの研修に参加した成果を発揮して上手に付き合っていきたいと思います。

4月29日
田の神講を兼ねた小組合の日帰り旅行がありました。行き先は人吉の山江温泉です。遊びにはもったいないほどの晴天、9時半に迎えのバスが来て総勢18名で乗り込みました。隣町なので1時間弱で到着したのですが、さすがに人吉の観光チームはレベルが高く、見事な連携プレーで急遽 焼酎メーカーや味噌醤油醸造元の見学などを手際よく織り込み地域一体となった歓迎ぶりには感心させられました。地域起こしを行うにはこのような感覚が必要だと痛感した次第です。会場に到着後はゆったりと入浴のあと気分良く宴会が始まりました。2時間程の楽しい時間はあっというまに過ぎ、お土産片手に帰途につきました。途中、運転手さんの計らいで久七峠の旧道を通ってもらい、見事な眺めを味わって小組合の旅は終了しました。
 

4月28日
やっと愛機のパソコンが修理を終えて帰ってきました。実に33日ぶりの対面でした。驚くべきことにデータは全て保全されています。電源ユニットとマザーボードの不具合による障害であったため当該部品の交換だけで済んだためです。
今回の故障をきっかけにデータの保管方法を工夫しました。メールについてはパソコン内に取り込むとともにネット上にも残すようにGmailを活用しています。迷惑メール対策も簡単に行えるので使い勝手が格段に向上しました。気になる方は日経パソコン3/26号と4/23号に詳細に掲載されています。その他のデータについても全面的に外付けハードディスクに保管するような設定に変更し、パソコンの調子がおかしいと感じたら今度はUSBメモリーにも転送しておくという流れにしました。予備機の新規購入もあって7万円ほどの出費になりましたが当面のデータ保全は安心です。

4月20日
とうとうイノシシがワナにかかりました。裏山のタケノコがゴッソリ被害にあっているため、害獣駆除の許可をもつTさん名義のワナとして15日にセットしたばかりでした。実は昨夜は猟友会の総会があり、諸先輩よりワナの仕掛けについてのノウハウをいろいろと教えてもらったので、すこし仕掛けをいじろうと道具を手に現場にいったところでした。念願の狩猟の実績がひとつできました。
 

4月17日
新月の種まきをしました。この夏は手作りの野菜を存分に食べようと思っています。そのために毎月少しずつ種まきをして夏野菜の収穫を継続的に行えるように設計したいと考えています。先月種まきした唐辛子は発芽も早くほとんどポットに移植しました。700個ほどもありハウスが満杯です。今回の寒気が過ぎたら外に出そうと思います。ただ、栽培の実験をしているDorset Nagaはさっぱり発芽の兆しがありません。電気マットの設定温度は25度、昼間は日差しがあるので35度くらいまで上がりますが夜は15度程度まで下がるので温度が足りないのでしょう。

4月14日
郡山八幡神社の屋根の葺き替え見学会に行ってきました。建久5年(1194)8月に菱刈の祖である菱刈重妙が勧請したといわれており、昭和29年の改築時に本殿北東東隅の柱貫から墨書の落書きが発見されたことからちょっと有名である。「その時座主ハ大キナこすてをちゃりて一度も焼酎ヲ下されず候何共めいわくな事哉 永禄二歳八月十日 作次郎  鶴田助太郎」 座主がよほどのけちんぼうであったのか、大工や職人に一度も焼酎を十分に飲ませなかったのに腹をたてこの落書きとなったものであろうが、室町末期すでに「焼酎」があったことになり、日本最古の「焼酎」の文字として歴史的にも貴重な資料であり、この落書きによって伊佐を焼酎のふるさとと呼んでいるのである。なお、この神社は昭和24年5月30日に国の重要文化財に指定されている。
 

4月10日
久しぶりに忠元公園で花見をしてきました。1000本の桜並木は鹿児島県で唯一「日本のさくらの名所百選」になっているそうです。桜並木に囲まれた場所は芝生で覆われていてこれだと花見客がたくさん押し寄せてもスペースの心配はなさそうです。2003年の8月に立ち寄ったときはひまわり畑(写真左)になっており、二兎を追う感じがしていましたが、桜に一本化すべきだという判断があったのでしょうか。平日の昼間は適度に曇り模様で弁当を食べるだけのノドカなひとときでした。
 

4月7日
先月の23日を最後にパソコンが立ち上がらなくなりました。その何日か前からフリーズするなどの前兆もあり、まあ4年は経過しているということで後継機の発注はしていたのですが、オンライン発注のため「モデム」を選ぶ欄で「不要」を選択したところ届いた製品にはモデム接続用のモジュールがついていません。メーカーのサポートの助言を受けてUSBでの接続ケーブルを買い求め、何とかインターネット接続の環境をつくりました。外付けのハードディスクに大方のデータは待避していましたが、「お気に入り」、年賀状のデータ、メールデータなどが手元になく、また一からの作り直しが必要になりそうです。10日以上前に修理に出した愛機はまだ何の連絡もありません。このような経験をしないかぎりデータの保全に対する積極的な構築は進展しないものなんでしょうねえ。

4月3日
公民会の役員の業務引継ぎがありました。今年度は集落で会計を担当することになりました。引き継がれた資料を見ると今までの集落の活動の概要が浮かび上がるような気がします。複式簿記になっており、そこそこわかりやすい形式で引き継がれているように思います。ただ、会計担当は支払いを必要とする場面では必ず登場しなくてはならず、結構な稼動をとられそうです。

3月30日
隣の菱刈町にある「アキ」という店に活性化協議会関係のメンバーに集まってもらい、新製品「ゆずみそ」の試食会を行いました。ゆずこしょうに続く加工品を模索していましたが、案外出来栄えも良かったので近いうちに販売に踏み切ろうと考えています。試食会に続く意見交換会では少し飲みすぎてしまったようです。
 

3月26日
ツバメが来ました。懐かしいさえずりを轟かせて元気一杯飛びまわっています。実は1月くらい前からツバメの巣にスズメが入りこみ破壊活動を行っているようなので、巣の周りをビニールでカバーしていたのですがツバメの飛来に気づいたので急遽カバーを外しました。今年もうまく子育てをしてくれることを期待しています。ラジオの情報によると県内では一斉にツバメの飛来が確認されたようです。

3月21日
朝から晴れ上がった今日は高菜の塩漬けに挑戦。先日、近所から大量の高菜をもらっていたので午前中は干しておき、少しシンナリしたころ作業開始。40Lと30Lの桶に合計26キロ、塩は2キロを使いました。揉んでから漬けると早く漬かるというので小さい桶の分は揉んでみました。揉まないものとの比較をしたいと思います。重石は高菜の倍の重さにしました。1週間ほどで汁がでたら重石を半分にするのだそうです。トウガラシをパラパラまいてアクセントをつけました。漬かったら緑のうちに取り上げて冷凍庫に保存しておくと茶色くならないという裏ワザもあるようです。昨夜は生高菜のブツ切りを豚肉と煮てポン酢&ユズゴショウで食べましたが、そこそこ食べられます。ちょっと世界が拡がったような気がします。
  

3月17日
イノシシのワナの仕掛けを解きました。今年は害獣駆除の意味もあって狩猟期間が1ケ月伸びて3月15日まででしたが、空振りに終わりました。一度だけワナの柵が落ちて檻の外に小型のイノシシがウロウロしている場面に出くわしたのでもうすこし仕掛けを工夫してみたいと思います。
 

2月27日
ホダ木作りの仕上げを行いました。隣町の椎茸名人に作業のポイントを教わり、ドリルとコマを用意してもらっていたので一日かかりましたが雨が降り出す前に作業を終えることができました。これから通常の設置方法どおりにおいて寝かせ、6月頃には天地返しといった木を逆さにすることが必要とのこと。菌が木全体に行きわたるそうです。ホダ木つくりは一年おきくらいに作業工程に組み入れておくのも良さそうです。
 

2月26日
豆腐作りに挑戦しました。大口市の生活改善センターでは3月末まで無料での豆腐つくりができます。インストラクターの指導のもと自作の豆腐の持ち帰りができます。今回は3名と少ない人数での挑戦。前日から10キロの大豆を水に浸しておいたものを会場に持ち込み、13時に製造開始。まずは水を加えながら大豆をすり潰してかゆ状にします。これを呉(ご)と言います。これを熱湯の中で5分程度煮ます。そして強くしぼり豆乳を取ります。絞りかすはオカラになります。実はここまでは大きな装置が自動的にやってくれます。豆乳の温度が75度になったところでしゃもじでかき混ぜながら凝固剤をいれます。フタをして10分程度置きます。穴の空いた容器に布巾を敷いてフタと重石をして20分程度おきます。できあがった豆腐は水槽の中で切ってカタチを崩さないように容器に移します。熱で蓋を密封する機械でパックしてできあがり。
とまあこれがうまくいった場合の作業の流れなのですが、大豆の状態や一晩浸した水の質 その他の条件により毎回できが異なるそうで今回は久しぶりに旨くいかなかった部類に入ったそうです。それでもやや緩めのトーフを数十個も持ち帰り、近所に味見をお願いしてまわりました。また、今回は特別にゆず入りの試作品も作ってもらい、そこそこのできに満足しています。掃除を済ませたのが17時でさすがに4時間の立ちっぱなしは腰にきました。
 

2月23日
くぬぎの木を椎茸用のホダ木にするための切り出しをしました。九州電力より送電線の邪魔になるので電線下の木を切らせてほしいという話があり、昨年の11月に切り倒してあったのですが、ホダ木にするには2月がよいということなので裏山にいったところ15本ほど切り倒してありました。チェンソー片手に115センチの長さに切断し、枝も落とします。やってみるとわかりますが直径20センチ程度以上の木になると重くて、引っ張って場所を移すことができません。重なっている場合は一番上に倒れている木をその場所で足場を気にしながらの作業です。急斜面ですが3時間ほどで切断の作業は終わりましたが、腰がぐったり疲れてしまいました。さて次は運び出しですが当然肩に担いで山から下ろすしかありません。片道150メートルほどの距離を大小3本ずつ肩に乗せて何往復したことでしょう。数えたところ92本ありました。昨年購入したものは一石という単位でしたが43本で18500円でした。これからコマ打ちという作業がありますがまあそのくらいの値段はするだろうなという感じです。ちなみに作業は3日に分けて完了しました。久々の筋肉痛です。

2月10日
夢おこし講座に参加しました。昨年の11月26日に引き続きSOHOしずおかの小出宗昭氏を講師に迎え、静岡県の成功事例について「なぜうまくいったのか」「今後はどうすればよいか」という視点でグループ討議を行い発表するというやり方で、起業に向けてのポイントを実際に自分の頭で考えてみるという内容でした。2時間ほどの講座のあと懇親会が行われ、これからの地域おこしについて質の高い議論を聞けたように思います。本日のキーワードは独創性、情熱、行動力、持続力、ネットワーク などでしょうか。
 
 

2月8日
新春農政講演会がありました。「環境微生物と循環型社会の経済効果」と題し、えひめ産業振興財団産業情報センターの曽我部義明所長から「えひめAI(あい)」を使った環境浄化の具体例や作り方の紹介がありました。えひめAIは「安価で身近にある安全な食品由来の微生物」をコンセプトに乳酸菌、納豆菌、酵母を主体に発酵培養した複合微生物で、現代農業2004年10月号でも紹介されており農畜産業での利活用も大いに期待できる資材ではないかと思います。来場者にはサンプルの配布があり、キッチンまわりを主体に日常生活での利便性も実感できそうです。これからの世の中は微生物に大いに活躍してもらう仕組みをつくるのがポイントのような気がします。

2月4日
いきなりライダー5名の訪問をうけました。熊本市在住の友人からこれから村に向かうとの連絡があり、待つこと70分。轟音とともに重装備?のライダーが現れました。皆さん職業はまちまちながら週末の走りを楽しむバイククラブのメンバー。晴天に恵まれた今日は水俣経由で村へ到着、この後、友人の実家のある人吉を経由して熊本に帰るんだそうです。しかしこの趣味も天気が味方しないと特に冬場は大変な思いをしそうですね。ブログでキレイな風景なども紹介しています。

1月26日
「続・伊佐地域に夢を!」と題した講演会に参加しました。講師は早稲田大学教育学部の宮口先生で、新しい協働の時代に一歩踏み出そうとの呼びかけがありました。キーワードは農を基盤に、地産地消、6次産業化、外へのネットワーク、支えあいとツーリズム といったところでしょうか。70分ほどの講演の後は新年賀詞交歓会。地域起こしや異業種交流を目的に昨年から活性化協議会が主催していますが、多彩な人材の参加でずいぶんネットワークが広がり沢山のヒントが転がっています。自分の座標軸を毎年確認する絶好の機会にもなっています。
 

コープかごしまが会員向けに無料で行うそば打ち学習会に参加しました。講師は偶然にも2年ほど前に農業公社の授業の一環として初めてそば打ちの手ほどきをうけた新屋敷さんでした。前回は授業を受けたあと一回だけそば打ちを行ったのですが、不本意な出来に終わり、意気込んでそろえた道具類の出番はなくなっていたのですが、なんとか復活の可能性が出てきました。
前回の授業でひととおりの流れは理解していたので、今回はポイントとなる水回しと角出しについて理解を深めることができました。5班に分かれての実習でしたが他班に劣らない出来栄えで、最後に全員で試食し、内容の濃い学習会を終了しました。
そば打ちの本を読み直してみると「習うより慣れろ」とあります。講師の「とにかく打ち続けること」という言葉と通じるものがあります。
 

 

1月18日
ここ何日かユズのセンテイをしています。朝方は気温が低いので少し陽が上がり暖かくなってから行動に移ります。また、夕方は急激に冷たい風が吹き出すので16時を目途に仕事の終了を心掛けています。
センテイの基本は「収穫のしやすさ」です。どの位置からどのように収穫するかを検証しながら日光と風通しを考えてハサミを入れます。この際の基本の考え方は「逆まつげは切り取る」です。切り取った枝は持ち回りのドラム缶で直ちに焼却します。少し前まではユズのセンテイ枝はそのまま切り落とし、後日拾い集めて一箇所で焼却していたのですが、かなり不効率であることに気づき現在のスタイルを取り入れてみました。ドラム缶での焚き火がうまくできるようになるとこのやり方の方がいいように思います。やっと30本ほどが終わりました。この調子だとあと40日程度はかかりそうです。

1月7日
この冬初めての積雪がありました。道路はすでに溶けていましたが、屋根や車には3センチほど積もっていました。この寒さもほんの2〜3日で終わり、また穏やかな日々に戻りそうなので、ゆずのセンテイ作業に着手の予定です。
 

1月1日
次男と3人で元旦の朝を迎えました。非常時に備えての運転手がいると安心して飲めます。
 

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